2.鈴木中学生ブラジルへ

横浜……、眼前に停泊する夢の国へ誘ってくれる巨大船への無償、無許可乗船作戦は思いの外スムーズであった。クルーが忙しそうに動き回っているのはいよいよ出港が近いということか!?誰も船内を自由に歩き回る見知らぬ少年を咎めたりしない。さんざん船内を探索したあげくたどり着いたのは階下の倉庫?の様なスペース。隠れるには絶好の場所だ。何時間経過したのだろう。外の様子はどうなっているのだろうか?もうすでに出港したのか?クリックするだけで世界中の情報が手に入るインターネットが一般に普及した現代人には、ここに描かれているストーリーはまず信じ難いであろう。実際45年が経った今、書いている自分でさえ呆れるくらいの無知ぶりだ。何の知識もなく家を飛び出し、ブラジルへ行くと”思われる”船に乗り込み、ジャガイモの皮を剥かせてもらいながらブラジルへ渡るという驚異的に無謀な計画を実行に移してしまうとは……。ビザとは何?パスポートとはどんな食べ物?何というアドベンチャーだろう!ただただペレーを中心に世界を席巻したボールのマジシャン集団ブラジルのサッカー見たさに。

突然、倉庫のドアが開き懐中電灯の強烈な灯りに照らし出される少年の姿。案の定、即刻甲板に連れ出された。「何で隠れてたんだ?」「ブラジルへ行きたいんです!何でもしますから連れて行って下さい!!」「当然切符は持ってないんだろう?」「五百円しか持ってないです………」この様な信じ難いやり取りがひたすら続く。最終的には船員さんに「それほどブラジルへ行きたいならちゃんと勉強し法律に則った方法で行きなさい」と諭され2千円ほどをお借りして帰宅となる。千葉の自宅に戻った時はすでに辺りは真っ暗。自宅内は友達や警察官、近所の人々でごった返していた。皆の顔を見た瞬間、恥ずかしさと安堵感で涙が溢れてきた。人前で泣いたのは赤ん坊以来だ。日頃から特に厳しかった親父からは体罰を覚悟したが「高校だけは出とけ………」の言葉だけだったことに意表を突かれ、さらに涙が出た。

この密航不成功でブラジル熱もさすがに冷めるかに思えたが高校入学後もさらに事件は起こり続けるのである……。

ここで一言だけ。この多感な中学生時代に体験した強烈な出来事がきっかけで、後の45年間ずっとブラジルが生業の術となったのである。その為に今、日伯少年サッカー育成協会を通じて現代の1人でも多くの中学生達に何か良い経験のチャンスを与えられたらと心の底から思う次第である。